あなたに伝えたい、世の中を生きやすくするために

ひとりのろう者からあなたへ

聴覚障害を持って生まれて生きて感じた社会の壁から合理的配慮についてあなたとともに考えていきたい

手話サークルはなんのためにあるの?誰のため?

 

私は耳が聞こえない。

よって手話や筆談で生活している。

(注意:聞こえない人の中には軽度難聴で手話は必要ないと思っている人もいれば年をとってから聞こえなくなったために手話はなかなか覚えられない。。という人も色々いるので、聞こえない人はみんながみんな手話ができるわけではありません)

 

それで手話サークルにも興味があり、以前1、2度行ったことがある。

でも、いつも1、2回だけですぐに行くのをやめてしまった。

 

それはなぜか?ということをこの記事では書いていく。

 

手話サークルはなんのためにあるの?誰のため?

 

これについて、私は「手話サークルとはろう者、難聴者のためのものである」と考えている。

「えぇっ、手話を学ぶ聴者のためのものじゃないの?」と思う人は多いと思うし、私もそう思っていた時期はあった。

でも、今は違う、と私は考えている。

それはなぜか。

 

その前にまず、手話サークルとは何か?から調べてみよう。

 

手話サークルとは?

 

 手話サークルは「手話を学ぶ」サークル。

また、手話を使って何かをしたり手話を使ってろう者など聴覚障害を持つ方とコミュニケーションをとる勉強をしたり。。という場でもある。

聴者が手話を通じて聾者とのコミュニケーションを取る場

引用:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/手話サークル

 

成り立ち

 

手話サークルの成り立ちは色々とあるが、もっとも古いのは1963年、京都で発足された「京都市手話学習会みみずく」というサークルだと言われている。

 

みみずくのサイトへのリンク: http://33zk.sakura.ne.jp/honb/

 

それから今に至るまで、全国都道府県に手話サークルが発足され、その手話サークルから手話通訳者が生まれ聞こえない方々の生活を助けたりということが広まっていった。

(注意:手話サークルに入れば必ず手話通訳者が生まれるとかそういうわけではなく、手話サークル以外の場所でも手話通訳者(士)が輩出されている。)

 

主な活動

 

主な活動としては、先程も述べたように、

 

  • 手話を覚える
  • 聞こえない人とのコミュニケーションを学ぶ
  • 聞こえない人の生活のサポート(手話通訳など)
  • 手話関係の企画やイベントに参加

 

。。。などが挙げられる。

 

ところが、今の手話サークルには大きな問題点がある。

それは、

 

聞こえない人がいないサークルが多い

手話を学ぶ場ではなく集まっておしゃべりする場になってしまっている

 

この2点である。

 

ではこれがなぜ問題なのか、これから説明していく。

 

聞こえない人がいないサークルの問題点

そもそも手話サークルは、「手話を学ぶ」ためのサークルである。

それなのに、サークルに聞こえない人(かつ、手話ができる人)がいないとどこから手話を学べばいいのか?となるだろう。

 

聞こえない人がいないサークルが生まれる理由

 

ではなぜ聞こえない人がいないサークルが存在するのか?

その答えとしてはいくつかある。

 

  • そもそもその地域に住んでいる聞こえない人がいない
  • サークルの時間帯に来れる聞こえない人がいない(例:働いてる聞こえない人が多く昼間のサークルは参加できないなど)
  • 聞こえない人がサークルに来ても手話がなく楽しくないために居つかない

 

このうち上の2つは仕方がない。

その場合は、聞こえる方で手話ができる人を招いてその人に手話を教えてもらうやり方で対応しているサークルも多い。

 

聞こえない人が手話サークルに行く理由

 

問題は下の1点、「サークルに来ても手話がないから楽しくなく居つかない」ということである。

 

そもそも、聞こえない人が手話サークルに行くのは、

 

【手話で話せる友達を見つけたい】

【私自身もみんなと一緒に手話を学びたい】

 

…この2つが多い。

 

なぜなら、聞こえない人は普段は家でも学校でも会社でもどんな時でも、聞こえる人、それも手話ができない人が大半の中で生活しているからである。

 

考えてみてほしい。

もしあなたが英語が全く分からない状況の中で、今から死ぬまで英語圏の国で生活しなければならないとしたら。

周りに日本語もなく、通訳者もいない状態で。

 

聞こえる人はそれでも、耳で聞いたりしてやがては英語が分かるようになる時が来るかもしれない。

そして自分の居場所を見つけることができるかもしれない。

しかし、聞こえない人は永久にその機会は来ない。

 

つまり、あなたが英語が全く分からない状態で英語圏の国に放り出され、通訳者もいない状態で困っている状態が死ぬまでずっと続くのだ。

訓練したって英語が分かるようにならない、聞こえるようにならないという状態がずっと、である。

 

そういう時、人は何を求めるか。

 

それはズバリ、「自分と同じ立場の人」「自分と同じ言葉でコミュニケーションが取れる人」である。

 

そして「安心感」「癒し」、、というものを求めるようになる。

 

そしてそれを探し求めて手話サークルに行くのである。

 

これが、聞こえない人が手話サークルに行く理由のひとつである。

 

問題点1:手話サークルなのに手話がない

 

ところが、その 安心感、癒しの場であるはずの手話サークルで「手話」がなかったらどうなるのか。

 

ガッカリするだろう。

絶望するだろう。

 

そして、「手話サークルなのに手話がない」と裏切られた気持ちになるだろう。

 

また、「この人たちは手話という言語をバカにしているのだろうか?」という気持ちになってしまうかもしれない。

 

ピンと来ないあなたのために、例を出して説明する。

 

例えば、あなたが野球ができる人だとする。

野球ができるが、引っ越して来たから一緒に野球をする友達がいない。

でも諦められない。それで、野球ができる人たちの集まりがないか、探す。

そして、近くに野球部を見つける。

あなたは、「やった!ここに行けば同じ趣味の友達が見つかるかもしれない。野球の話ができるかもしれない。一緒に野球ができるかもしれない。」と喜ぶ。

 

そして、ワクワクしながら野球部へ行く。

 

しかし…現実は、野球などしておらず、しかも、テーブルにはお茶菓子が散らばっており「野球」という単語も出ない…

みんな野球など知りませんという顔をして関係ない釣りの話や遊びの話ばっかり…

 

え?ここ、野球部だよね?

みんな、なんのために集まってるの?

なんで野球の話をしないの??

 

野球部なのに、野球をバカにしてるの?

 

と、ガッカリする。

 

それと同じなのである。

 

「えーっ、そんなサークルあるの??」

と驚かれる人もいるかもしれないが、現実的には存在するのである。

 

もう一つ、このようなものもある。

 

問題点2:手話は使うが聞こえない人と話す時だけ

 

Aさん、Bさん、Cさんがサークルにいるとする。

そのうちBさんだけ耳が聞こえない。

 

この状態で、手話サークルでAさんとCさんは声で話をし、Bさんに話す時だけ手話を使うという状況がある。

 

これだと、Bさんは困る。

なぜかというと、AさんとCさんの会話が分からないからだ。

 

そして唯一Bさんが状況を把握できるのは、AさんまたはCさんがBさんに話しかける時だけである。

 

実はこういう状態の手話サークルがとても多いのだ。

下手するとサークル会員全員が声だけでおしゃべりをし、サークルの企画を進め、ろう者は分からないまま置いてけぼり…が当たり前になっている。

 

そして他のメンバーたちは「ろう者に対しては手話で話しているから、それで良い」と思ってしまっている。

 

聞こえない人と話す時だけ手話を使うのが良くないと思う理由

 では、きこえない人と話す時だけ手話を使うのが良くないと考える理由は何かというと。

 

情報保障の面で不平等だから 

手話ができる人たちがいる場ではろう者難聴者がいてもいなくても手話を使って話すこと、それがろう者難聴者に対する情報保障になるからである。

 

例えば聞こえる人たちは、何人かがおしゃべりしてる場にいるとわざわざ聞こうとしなくても会話が耳に入ってくるから分かる。

また、聞こうとしなくても情報を得ることができる。

 

しかしろう者難聴者は自分から聞かない限り情報は入ってこない。

 

そのため、手話サークルの中ではろう者難聴者に対しても「目で見て分かるように」情報保障をしてほしいのだ。

つまり、聞こえる人と同じ環境を作るということである。

するとそれがろう者難聴者にとって居心地の良い場所に繋がる。

 

しかし、それがないと、結局ろう者難聴者にとっては普段聞こえる人たちに囲まれてる世界と変わらなくなり居心地が悪くなってしまう。

 

話しかける時は手話だから良いじゃないと思うかもしれないが、それだって、結局は普段周りの人たちが筆談してくれる状況と同じことになってしまうのだ。

 

そのため、「なんだ、ここも結局は普段の環境と変わらないな」と思ってがっかりして去ってしまう…ということである。

 

手話サークルは誰のためにあるのか

 

ここまで読んだら、今の手話サークルがろう者難聴者のためではなく聴者のためになっていることがなんとなくでも分かってきたかと思う。

 

そしてそれは違うのだ、と私が言いたい理由も分かってきてもらえたかなと思う。

 

手話サークルの主役はろう者難聴者である

つまり、私が言いたいのは、手話サークルの主役は誰なのかということ。

 

そして主役はあくまでもろう者難聴者であって、彼らとの交流などのために手話を覚えに来る、それが手話サークルの存在意義なのだということ。

 

なので、まとめると、手話サークルは手話を必要とするろう者難聴者のためにあるのであって、その手話を覚えて生かす場が手話サークル、ということである。

 

 

手話サークルの場での合理的配慮は?

 

では以上の話を踏まえた上で、手話サークルという場においての合理的配慮はどんなものがあるのか考えてみよう。

 

ろう者難聴者にも分かりやすい場にすること

 

まず、やはりろう者難聴者が居てもみんなの会話が分かりやすい場にすること。

そのためにはみんなが手話を使う、もちろん、入ったばかりで手話ができない人の場合は筆談、または周りの人に手話を教えてもらいながら手話で話す努力をするなど。

 

声だけでの会話はしない

 

そして当然、声だけでの会話はしないこと。

声だけで会話すると、ろう者難聴者はすぐに分からなくなる。

すると、みんなとの情報共有ができなくなる。

 

手話サークルを運営していくためには全員が同じだけの情報を共有し、その上で意見を言うことも大事になってくる。

そういう意味でも、声だけでの会話は合理的配慮欠如ということになるので注意してほしい。

 

まとめ

 

本来、手話サークルはみんなで手話を覚え、みんなで手話で会話を楽しむところである。

そしてろう者難聴者と手話で会話をし、また、お互いに困ってることをサポートしあっていける人間関係を作っていく場でもあると思う。

 

そういう場であるはずの手話サークルからろう者難聴者が消えていくのは大変悲しいこと。

またそれは、将来の手話通訳者育成ができないことも意味する

 

手話サークルは手話通訳者育成が目的というわけではないところも多いが、ともかく、手話サークルをきっかけに手話通訳者が生まれることもあることを考えると、大変残念なことだと思う。 また、手話サークルで手話を学ぶ人が増えればその分ろう者難聴者の生活が豊かになり、そこからろう者難聴者と聞こえる方々の間で理解が深まっていくことを考えれば、ろう者難聴者が居やすい手話サークルを作っていくことは非常に大事なことだと思う。

なのでみんなもこのことを重視した上で改めて手話サークルについて考え直してほしいと思う。