あなたに伝えたい、世の中を生きやすくするために

ひとりのろう者からあなたへ

ろう者として生まれて感じた社会の壁と合理的配慮とは

電車のアナウンス、ろう者は分かりません ~電光掲示板に全ての情報を!~

 

ろう者難聴者など、聞こえない or 聞こえづらい人は騒がしい所では特に求めている音が聞こえず困ることがあります。

これは高齢者なども同じだと思いますが・・・

 

例えば、震災などの非常時、行方不明者などを探したいのに上空をマスコミのヘリが色々と飛んでいる・・・

そのヘリの音がやかましく、肝心の救助アナウンスが聞こえないなど色々な不満が出ることありますよね。

 

これはろう者難聴者や高齢者が普段から困っていることと酷似しているのです。

 

その一例を挙げて、解決策も挙げていきますね。

 

電車が来るのが分かりづらいろう者

良くあることなのですが、ろう者は電車が来るのが分かりづらいです。

 

特に、

「電車がまいります」

「電車トラブルで10分遅れます」

など・・・

 

この手のアナウンスは聞こえないので、いつ電車が来るのか分からないことが多いです。

 

これは難聴者や高齢者などの場合でも、周りが騒がしいとホームでのアナウンスが聞こえづらいなどあると思います。

これは困りますよね。

 

電光掲示板を有効に使ってほしい

聴者の場合はホームに立っていればアナウンスで「あ、もうすぐ電車が来るな」ということが分かると思います。

またろう者難聴者でも、ホームにある電光掲示板を見れば「もうすぐ電車が来る」ということが分かります。

ただ、そういう電光掲示板にも欠点はあるのです。

 

電光掲示板の欠点

それでは、聴者にはなかなか気づかない「電光掲示板の欠点」とは何があるのでしょうか?

これについていくつか例を挙げてみます。

 

  • 全ての駅のホームに電光掲示板が存在しているわけではない
  • 次の駅名が表示されない電光掲示板もある(電車内の場合)
  • 非常時のアナウンスが電光掲示板には表示されない(ホームも電車内も)

 

・・・これ以外にも様々な欠点があるのですが、よくあるのはこの3点ですね。

 

この欠点は特に田舎だと更に浮き彫りになります。

無人駅なども多いし、電光掲示板がないホームなんてのも多いですしね。

また電車自体が古く、電光掲示板がない電車もあったりします。

 

こういう場合、もし電車が事故などで遅れることになった場合でも電光掲示板がないため分かりません。

 

また、特に無人駅だと電車が遅れるというアナウンスがあっても、電光掲示板もないことが多く、それで駅員さんに直接「電車が来ないけどどうしたのか」と聞くことすらできません。

(注意:無人駅の場合、電車が遅れるなどのアナウンスは近隣の駅から鉄道専用のスピーカーを通して発信しているようです)

 

このように、電光掲示板は様々な情報を届けてくれますが、それでも全てでではありません。

 

もし、電光掲示板から情報をすぐに得ることができれば、例えば電車の遅延があった場合はそれに合わせて別の電車に乗る、または電車が来るまでカフェで時間をつぶすなど行動に移すことができますよね。

でも、聞こえない&電光掲示板がない状態だと、それすらできません。

更に周りに人がいない場合はもっと困ることになります。

これは言い換えれば行動の自由を奪われているのと同じことになると私は思います。

 

緊急時アナウンスを電光掲示板にも!

ここで一番良いのは、「車掌のアナウンスも電光掲示板に表示されること」です。

確かに電光掲示板には他にも様々な情報が流れており、すべてを詰め込むのは難しいかもしれません。

 

しかし、緊急時の情報、例えば「10分遅れます」という情報や「トラブルのため次の駅で臨時停車します」「ドア故障確認のためしばらく停車します」といったような様々な情報はせめて、電光掲示板にも表示できるようになってほしいなと思います。

 

全ての電光掲示板に次の駅も表示してほしい

または、電光掲示板によっては「次の駅の名前」が表示されないものもあるのでその場合でも表示してもらえるとありがたいですね。

これはなぜか?と言うと、通勤などでいつも乗っている電車だと、わざわざ電光掲示板を見なくても景色を見れば「次の駅はどこか」ということが分かります。

しかし、混んでいる電車だと特に背が低い方や混みすぎて外の景色が見えない場合、外の景色を見てどこを走っているのか確認できず困ることがあります。

また、乗り慣れない電車や初めて乗る電車だと特にアナウンスが聞こえない場合は電光掲示板が頼りになります。

 

そのため、どんな電光掲示板にも次の駅が表示されるようになってほしいですね。

 

鉄道における合理的配慮とは

それでは、ここで言う合理的配慮とはどんなものがあるのでしょうか?

 

まず、今までに書いてきたことから「電光掲示板の設置」や「電光掲示板に表示する内容の検討」・・などが必要であることが挙げられますね。

でもこれをするためには莫大なお金がかかることが予想されます。

特に無人駅での問題は電光掲示板の設置など多くのお金がかかることになりますね。

また、鉄道会社に話したからといってすぐに対応されるかどうかも分かりません。

もしかしたら国を動かす問題にもなるのかな・・・?分かりませんね。

 

ただ、これだけはどこの鉄道会社でもすぐに対応できそうな案があります。

それをこれから書いていきますね。

 

電車内でのアナウンスだけで済ませない

電車内で緊急時のアナウンスをする時、同時に車掌がアナウンスの内容を紙に書いたものを持ちながら車内を歩いてほしいです。

また、英語も書いて2つの紙を持って歩くともっといいかもしれません。

これが出来れば、外国人や高齢者など多くの方が助かるかもしれません。

 

ホームでは貼りだしも行なう

上記と同じく、アナウンスだけで済ませずにホームにいる駅員さんも紙に書いてプラカード風に持って立つ、またはホーム内の電車時刻表などに貼り出すなど・・・

こういう方法があればもっと助かりますよね。

特に人が多くアナウンスが聞き取れなかった方々にも有効だと思います。

 

この2点は今からでもすぐに対応できそうですよね。

 

鉄道会社への要望先

ここで注意したいことは、「私たち聞こえない人が直接声をあげないと伝わらない」ことです。

また、聞こえる方々も、是非きこえない方々のために声をあげてもらえると嬉しいです。

 

それではここでは、鉄道会社へ電光掲示板の設置や電光掲示板に表示する内容の検討および、ホーム内または車内でのプラカードなどの要望ができるところを書いておきますね。

 

鉄道会社 お問い合わせ - Google 検索

 

このリンクをクリックすると、様々な鉄道会社へのお問い合わせ先が分かります。

皆さん、もし宜しければご自分の最寄りの鉄道会社にぜひ、連絡してみてはいかがでしょうか?

 

まとめ

私も電車をよく使うのですが、電車に乗っている時に何もないのに緊急停車したらドキドキしてしまいます。

何か地震があったのか?人をはねてしまったのか?すぐに動いてくれるのか・・など。

 

そういう時周りを見渡すと、皆さん落ち着いた様子でスマホをいじっていたり、居眠りしたり・・・というのが見えます。

それを見て私はうらやましく思います。

何かが起こっても安心できる環境があるから。

 

でも私には、その環境がありません。

なので、何かが起こった時は周りに聞くしかありません。

 

または、Twitterで検索して情報を得るなど・・。

Twitterを持っていれば、そのTwitterで「○○駅」と検索すればその駅の情報が分かることがあります)

 

なので、iPhoneは手放せません!

 

でも、何年か後にはそういう状況がなくなった社会を期待したいです。

そのためにはどんな小さなことでもブログなどを通して声をあげていきたいな・・と思うのでした。

 

このブログを見て下さった方、もし宜しければ鉄道会社への要望を宜しくお願いいたします!

 

 

あなたは誤解してる ~補聴器を付ければ聞こえるということの誤解~

 

こんにちは。

ここでは聞こえる人によくある誤解について。

 この「あなたは誤解してる」について前箱の記事を書きました。

こちらも読んでみてもらえると嬉しいです。

tellyou.hateblo.jp

 

今回は「補聴器を付ければ聞こえるだろう」という誤解についてまとめていきます。

(いつのまにかシリーズ化しそう笑)

 

補聴器を付けてれば聞こえる?それ、本当?実は違うんだよ

きこえる人に多い誤解で「補聴器をつけてるんだから聞こえてるはず」ということ。

確かに、補聴器を付けていれば「音」は入ってきます。

それで「聞こえる」のです。

 

でも、ちょっと待って!

この「聞こえる」ってどういうことだろう?

 

「聞こえる」にも色々あることは知っていますか?

知らないですよね。

聞こえる人たちは、「聞こえる」=「すべての音が判別できる」状態ということが当たり前なのだから。

 

でも、それが当たり前ではないのが「聴覚障害」でもあるのです。

 

ここでは、それについて書いていきます。

 

「聞こえる」にも色々ある

聞こえる人たちは、

聴覚障害」=「音が聞こえない」から、「補聴器を付ければ音が大きく聞こえる」と思っている人が多いです。

 

高齢者で耳が遠くなり補聴器をつけてる人がいるからこそどうしてもそう思ってしまうのかもしれませんね。

 

だからこそ「補聴器を付けていれば健常者と同じように聞こえる」と思ってしまうのだと思います。

 

「耳が遠い」と「聴覚障害」は違う!

これはやむを得ないことかもしれませんが、実は、「高齢者など耳が遠くなった人たち」と「聴覚障害」はそもそも違うのです。

 

簡単に言えば、聴覚障害は脳内の聴覚神経や聴覚関係の器官が故障している状態だと思えばいいかもしれません。

そのため、「耳から入ってきた音を正しく伝えられない(伝えにくい)」状況が起きている、ということです。

それで、補聴器を付けて音を大きくしてもその音が正しく伝わっているとは限らないのです。

 

聴覚障害=「聞こえる」≠「音が判別できる」

 

そのため、聴覚障害においては

 

「聞こえる」=「全ての音が判別できる」ではなく

「聞こえる」=「音自体は届いているがその音が何の音か判別しづらい状況はそのまま残っている」

 

というケースが多いのです。

 

分かりやすい例を書いてみます。

 

tellyou.hateblo.jp

 

こちらにも書いてありますが、人によって聞こえ方は様々です。

ですが、どれにも言えることは「聴者(=耳が聞こえる人)と全く同じようには聞こえていないよ」ということなのです。

 

今、補聴器は時代の変遷を経てかなり技術的に発達してきました。

ですが、それでも今も「補聴器を付ければ聴者と同じように聞こえる」というまでにはいっていないようです。

いつかはそういう時代が来るのかもしれませんが、今はまだまだのようですね。 

 

私たちのことを誤解しないでほしい

今までにも書いてきましたが、「補聴器を付ければ聞こえるけど、聞こえるという意味が違う」ということは分かっていただけたかなと思います。

 

聞こえる人に多い誤解をなくしたい

今までに何度も書いてきたことから分かるように、

聞こえる人が聞こえない人に「聞こえる?」と聞いて、「聞こえます」というお返事があったとしても、それは

 

「音が入ってきているのが分かります」

 

という意味で返事しているだけであって、決して

 

「あなたの言葉を(目をつむっている状態で)耳だけで判断できる状態になっています」

 

というわけではないということも多い・・ということも分かっていただけましたでしょうか?

でも、聞こえる人は「聞こえます」というお返事があったら

 

「あ、耳だけで私の言っていることが分かるようになってるんだな」

 

と思ってしまう人も多いのです。 

特に聞こえない子を受け持つ学校の先生や聞こえない子がいるクラスメイトなど・・

周辺の方々はそういう誤解を持ってしまうので、そこからすれ違いや誤解、そしてそれが大きくなるといじめにつながることも多いようです。

 

このあたりのことは、聞こえない子どもを受け持つことになった先生方や親御さん、また周囲の方々は特に理解してほしいと願っています。

 

聞こえない人も説明する力を身につけよう!

 

しかし、聞こえない人も、このあたりのことを自分で説明できる人が少ないように思います。

例えば、「補聴器を付ければ聞こえるの?」と聞かれたときに、「聞こえます」だけで終わってしまう人が非常に多い。

本当は、「音は聞こえてるけど、何の音かは分かりません」というところまで説明するべきなのです。

 

それがないからこそ、補聴器を付けても聴者と同じように会話ができるわけではなく、後ろから呼ばれても気づかない、また話しかけたのに無視される。。ということから聴者は

 

「補聴器を付けたら聞こえるはずなのに、なんで???」

「わざと無視してるんじゃないか・・」

 

などなど、変な誤解を持ちやすくなってしまうのです。

 

でもそれは違う、わざとじゃない、

「聞こえる」というのはただ単に「音が聞こえる」だけであって、その音を判別できる力はないのだ・・・ということを説明する力を聞こえない人たちも持つ必要があると思います。

 

きこえる人は万能ではありません。

 

聞こえる人たちは聞こえないということを何も知らないのです。

 

聞こえる人たちに、「私は耳が聞こえません。」という、たった一言だけ言えば全て分かってもらえるなんて思わない方がいいです。

 

でも、これを知らない人が多すぎるように思います。

だから、「私は耳が聞こえないと言ったのに、ベラベラと話しかけられた!むかつく!」と言ったり、

「耳が聞こえないと言ったのに後ろから話しかけられて、何で無視するんだ!と怒られた・・」と言ったりするのだと思います。

 

だから、こちらからきちんと説明できる力を付けてほしいと思います。

 

それこそが、生きていく力となります。

 

 まとめ

共生という言葉があります。

共生の意味は色々ですが、スパッと言うと「ともにいきる」ことですね。

 

聞こえない人たちも聞こえる人たちもともに生きる、ということは、「お互いを知る」ことだと私は思っています。

 

聞こえない人だけが聞こえる人のことを知り、歩み寄るのではなく、聞こえる人も聞こえない人のことを知り、歩み寄ってほしいと思います。

 

そのためには、聞こえない人も自分の耳が聞こえないということを伝える力を身につけること、

また、聞こえる人は耳に頼らないコミュニケーション方法を考えていくこと。

 

これがお互いにできて初めて、本当の意味での「お互いを知る」そしてそれが共生に繋がるのではないかと考えます。

 

それでは、今回はここまでです。

あなたは誤解してる ~話せる人は聞こえるということの誤解~

こんにちは。

ここでは、聴覚障害について聞こえる人が特に誤解しやすいことについてまとめていきます。

 

聞こえる人と聞こえない人が交流していく中で特に多い誤解があります。

それが「話せる=聞こえる」という誤解。

 

これ本当に多いのですが、例えば聞こえない人で発音がうまい人がいるとします。

そしてその人が聞こえる人と話すとき、あらかじめ自分は聞こえないのだということを伝えてあっても、

 

「そんなこと言ったって、しゃべれるんだから聞こえてるんでしょ」

 

と言われ、普通に話しかけられてしまい困る。。。

ということ。

 

これはなぜ起こるのか少し考えてみました。

 

聞こえる人たちに多い思い込み

 

まず、聞こえる人たちに多い思い込みは[ 聞こえない = しゃべれない ]ということ。

これは昔の「ろうあ者」という言葉のイメージ、つまり、ろうあ者=耳が聞こえず話すこともできない人、というイメージから来ているのではと思います。

 

でも実際は聞こえない=しゃべれないのではなく、

 

聞こえないけどしゃべれる AND しゃべれるけど聞こえない

 

という人もいるのだということがまだまだ知られてない、ということ。

 

そのため、聞こえないけどしゃべれる人もいるのだということが思い付かない。

そこからそういう誤解が生まれてくるのではないか?と考えました。

 

話せる=聞こえるという誤解が生む弊害とは

 

ではこの誤解がどういう弊害を生んでいるのかを考えてみましょう。

 

これは私の友人の例なのですが、

 

筆談を拒否される

→聞こえないって言ったって、しゃべれるんだから少しは聞こえるんでしょ?と言われ筆談を拒否される

 

聞こえないということ自体を信じてもらえない

→だいたいにおいて発音がうまい人は聴力が軽い(障害が軽い)人が多いため、それで聞こえないと言っても嘘を言ってると思われたり「聞こえてるはずなのに聞こえないふりをしている」「聞こえてるはずなのに無視した」と思われたりする

 

どれくらい聞こえないのかが伝わりにくい

→聞こえない、というのは分かってくれているけど、どのくらい聞こえないのかなどが伝わりにくく、そのため最初はゆっくり話してくれてても徐々に普通の速度になってしまい結局分からなくなったりする

 

。。などなど。

 

そのため、そういう誤解を受けやすい立場の方々からは

 

「もうはっきりと聞こえない方がよかった」

「補聴器をつけるのをやめて、最初から声も消してずっと筆談だけにした方が逆に楽かも」

 

などなど、困っている声が多く出ています。

 

実際に、本当はしゃべれてもそういう誤解を受けないために、聞こえる人には最初から声を出さずに筆談で通している人もちらほらいます。

 

では、こういう問題をなくしていくためにはどうしたら良いのでしょう?

 

誤解をなくすために

 

これはなかなか難しい問題です。

やはりまず一番大事なことは、[知ってもらうこと]それしかないかもしれません。

 

では、知ってもらうためにはどうしたらいいのか?

 

自分で自分のことを正しく理解する

 

まず自分自身がどういう風に困るのか、また、どういう風にしてほしいのかを正しく理解すること。

これができてはじめて、他人に自分のことを説明し分かってもらうことができます。

 

ただやはり、説明しても分かってくれない人は多いでしょう。

でも、「分かってくれない」と諦めてしまわないこと。

 

諦めたらそこで試合終了!なのです(スラムダンク安西先生風に)

 

分からないことを分からないままにしない

 

これは聞こえない人に多いのですが、相手の言うことが分からなくなっても面倒くさくて「分かったふり」をしてしまうこと。

これがあるから、相手はどうしても「やっぱり聞こえてるんだ」「このくらい早口でも大丈夫ってことかな」と思ってしまうのです。

そしてだんだんすれ違いが大きくなっていってしまうのです。

なので、面倒くさくても分からないときはその都度、分からないということを伝えていくのも大事です。

 するとやがては「あ、今の話し方だと聞こえづらいんだな」「今の速度だと口の読み取りが難しいんだな」などということが相手にも伝わるでしょう。

 

しかし、聞こえない人だけが注意しても、しつこいようですが聞こえる人も変わらないといけません。

 次からは、聞こえる人が気を付けるべきことを書いていきます。

 

思い込みを捨てる

 

思い込みを捨てる。それはつまり、素直になるということでもあります。

素直に相手の困っていることに耳を傾け、

 

「そんなこと言ったってどうせ聞こえるんでしょ」

「同情を引きたくて大袈裟に言ってるだけじゃないの?」

 

なんて思わず、

 

「なるほど、しゃべれてても聞こえてるわけじゃないんだね」

「こういうことに困るんだね」

 

など、素直に耳を傾け、その上で「こうしてほしい」と言われたらそのままそれを実行に移してほしいのです。

もちろん、過剰な要求は全部受け入れる必要はないのですが、それでも相手が「聞こえないからゆっくり話してほしい」と言ってくればその通りにゆっくり話してほしいし、また、相手が「紙に書いてほしい」と言ってきたなら紙に書いてほしいのです。

 

ベストな方法は当人が決めること

 

コミュニケーションにおいて一番やりやすいやり方というのは、当事者が決めることです。

 

聞こえる人が自分の都合で、例えば

「筆談が面倒くさいから」

「口を大きく開けて話すのは恥ずかしい」

などいう理由で聞こえない人とのコミュニケーション方法を制限するということはしないでほしいなと思います。

 

それは結局は「聞こえない人に頑張りを強いる」ことにもなってしまうことがあるのです。

面倒くさいからと筆談せずに相手に口の読み取りを強いると、相手は頑張って口の形を読み取らなければなりません。

口の読み取りがどれだけしんどいかについてはまた別の記事で書きますが、「自分が楽だから」という理由で聞こえない人の要求を拒否すると、それ自体がもう歩み寄りにはならなくなってしまいますね。

また、関係が対等にならなくなってしまいます。

それはお互いにとって不本意ではないでしょうか?

 

ケースバイケースも大事

 

ただ、ケースバイケースも大事です。

 

例えば、聞こえない人から筆談を求められたり、または大きな声で会話することを求められたりしても、場合によっては

 

「ここは静かな場だから声を大きくして話すと周りに迷惑がかかる」

「指を痛めているから筆談が難しい」

 

などの理由で難しい場合もあると思います。

 

そういうときは、あらかじめ聞こえない人にその理由を話した上で、お互いにベストなコミュニケーション方法を二人で決められるようにできると良いなと思います。

 

まとめ:私自身が持つ疑問

と、ここまで色々と書きましたが。。。

 

それでもやはり、1つの疑問があります。

 

どうして、聞こえる人は素直に聞こえない人が困っている状況を見て、受け入れることができないんだろうと。

 

聞こえないと言っているのに、

「そんなこと言ったって聞こえてるんでしょ」

「しゃべれるんだから聞こえてるんじゃん」

と言ってしまうんだろうと。

 

先程も書いた「思い込み」もあると思うんですが、それでもやはり、なんだか腑に落ちないままです。

なんだかモヤモヤしたままですが、今回はこれで終わります。

 

いつか、これに対するスッキリした答えが見つかるといいな。 

 

 

私について

 

ここでは、私の簡単な自己紹介をしておきます。

よろしくお願いいたします。

 

自己紹介

生まれ育ちは京都。

今は結婚して山形在住。

 

簡単な生い立ち

生まれつき耳が聞こえない。

ろう学校は幼稚部のみでそれからは小・中学校では難聴学級在籍、その後高校・短大へ。

最後は専門学校。

 

6年ほどプログラマーとして働く。

ここでは色々な壁を感じ、様々な挫折も味わった。

この経験はまた記事にする予定。

その後は転職し、その後バイト生活を経て33歳で東京へ。

「そうだ、京都へ行こう」ならぬ「そうだ、東京へ行こう」。笑

そこで一人暮らししながら働くも、出会いがあり結婚し山形へ。

 

山形では今までのことを振り返り、聞こえる人と聞こえない人の間の垣根をなくしていくための活動を始める。

いわゆるアウトプット。

 

活動内容

今までにやってきた活動内容は以下の通り。

HAPUNE

2014年、&_Canvas(アンドキャンバス)設立

2017年、HAPUNE(ハプネ)に名称変更

これはいわゆるボランティア団体であり、主に聞こえる人と聞こえない人の間の壁をなくすため、インタビューやイベントなどを中心に行なっている。 

今はインタビュー中心に、聞こえる人にもインタビューしそれを聞こえる人たちにも見てもらうことで「私たち(聞こえる人)がこういう考え方や工夫をしていけば、聞こえない人のできることが増えるんだな」ということを分かってもらうためにもやっている。

hapune.wixsite.com

 

宣伝掲示板

聞こえる人たちに聞こえない人の様々な活動を知ってもらうこと、また、聞こえない人同士でも色々な情報が得られるようにするため、Facebook内で「宣伝掲示板」立ち上げ。

これにより、例えばろう者、難聴者のお互いの壁をなくし相互理解を図ったり、また、聞こえる人にも「聞こえない人たちの世界」を見てもらう、そしてそこから聞こえる人も社会の中で自分にできることはあるか、を考えてもらえるようにする。

https://exlp4w.dm2302.livefilestore.com/y4mrdWHmjqmlAdsbx1yPLevip2dslQZj2uIZV3r2n7k8hcTL8_ixYxcM26Y1b28PEqOfPWaubOotBFhC4pWluZIZ2I5n3_PrxI9L_58glamk09v5eBpku2EoEcUKrBYQfryZbCJKIeKMGki9Kw7BgAp5f9FW3GjPRiz-W_6FRAohUu2vRo0tyuLPMDAYRe_LGAwecaD8FqiTd9hVthiE7o17A?width=818&height=245&cropmode=none

https://www.facebook.com/groups/107084066296431/

 

 ろう者・難聴者・中途失聴者のための震災情報サイト

聞こえない人たちが緊急時、情報が正しく入ってこなかったり、またテレビに字幕や手話がない時がありそのために情報を得るのが遅くなったりする問題をなるべく無くしていくため、震災情報などを手話や字幕で伝えるサイトを立ち上げ。

そして今は講演活動を通してテレビに字幕や手話をつけることの重要性、そしてそのためにはまず聞こえない人だけが声をあげても変わらない、聞こえる人たちも変わる必要があることを伝えていってる。

deafzisinzyoho.com

 

ブログ

ブログを通してろう者とは何か?を伝えたり、また合理的配慮とは?を広めたりなどをしている。

 また私の今までの人生を振り返り、感じたことや思ったことをつらつらと書き留めている。

私という一人のろう者の人生を通して様々な社会背景や壁、そしてどんな配慮があれば生きやすくなるのか・・などを自然と伝えられたら良いなと思う。

tellyou.hateblo.jp

satousan24.hateblo.jp

taikenki.hatenablog.com

catfood22.blog.jp

↑こちらはただの私的なブログ。更新頻度は遅い。

 

これらを一つにまとめたポートフォリオはこちらです。

https://mami1977.themedia.jp/

 

SNS

Twitterねこ (@mm_satou) | Twitter

Facebookhttps://www.facebook.com/mmsatou1

 

よろしくお願いいたします。

 

文科省主催の合理的配慮セミナーで合理的配慮を拒否!?続編

 

 今回は、以前文科省の合理的配慮のセミナーで聴覚障害者への合理的配慮が出来ていなかった、ということについて記事を書いたが、それについて続きがあるのでそれをまとめていきます。

詳しくはこちら→

tellyou.hateblo.jp

 

文科省主催の合理的配慮セミナーで合理的配慮を拒否!?続編

 前回、ぶりりんさんが参加を考えていた文科省主催の合理的配慮のセミナーで、聴覚障害者への合理的配慮として講演時の手話通訳などの制度をお願いしたにも関わらず、そのお返事がなく1か月ほど過ぎた後にやっと返事が来た、その返事が「用意できない」というものだった・・という件について。

 

その後どうなったのか気になったので、ぶりりんさんに直接聞いてみた。

 

結果的には手話通訳がつくことになった

結果として、ぶりりんさんの周囲の方々が色々と動いてくれて、結果的に手話通訳がつくことになったそうである。

以下、ぶりりんさんからお伺いした経緯をまとめる。

 

手話通訳が付いた流れ

8月1日

仙台でお世話になっている手話通訳さんたちに今回のことを相談。

すると障害企画課への相談・みみさぽ(宮城県聴覚障害者情報センター)への通訳依頼をしてはどうかというアドバイスをいただいた。

 

8月2日

障害企画課へ相談し、みみサポへ依頼をした。

みみサポへの依頼書は書くスペースがなかったため、事情をセンター長にLINEで伝えた。これが出来たのはラッキーだった。

 

8月3日

障害企画課の課長から文科省の担当者へ電話し、直接本人の意思を確認した上で対応するように言っていただいた。

この時に分かったことは、「手話通訳断りの電話が学校にきたとき、電話を取り次いだ管理職が『少しは聞こえるから手話通訳はなくても大丈夫』と言ったらしく、担当者はそれで安心していた」とのこと。

そのため、担当者から丁寧なメールをいただいた。

その後、職場で自分が置かれている状況を説明しつつ、手話通訳が欲しいということを改めて伝えた。

そして派遣してもらう関係機関としてみみサポの連絡先をお伝えした。

すると、その後すぐに文科省からみみさぽに依頼の電話があったとのこと。

 

8月4日

文科省の担当者から、手話通訳を手配できたとのメールがありました

 

一連の流れから分かること

このように、急展開で手話通訳が付くことになったわけだが、この流れをよく見るといくつかの気を付けなければならないことが浮き彫りになってくることが分かる。

決して、「通訳が付くことになったんだ、良かった良かった」で終わってはいけない。

ではそれはどういうことなのか?ということを今から書いていく。

 

他者が勝手にその人の聞こえ方を判断してはいけない

この経緯から見ても分かるように、始まりは【電話を取り次いだ管理職が『少しは聞こえるから手話通訳はなくても大丈夫』と言った】ことから誤解が起こったのが原因のようだった。

このように、他者が勝手に判断して「大丈夫」と更に他の他人に伝えてしまうケースは多い。

しかし、本当に大丈夫かどうかは本人にしか分からない。

かつ、ぶりりんさんは、「大丈夫じゃない」と思っているからこそ、手話通訳を依頼したのだ。

文科省はこの事実を見て判断してほしかったところだ。

 

諦めずにアクションを起こすことも大事

しかし今回は、ぶりりんさんが諦めずにアクションを起こしたことで、先ほどのような誤解があったことも知ることができたし、結果的に手話通訳を付けることが可能となった。

もしぶりりんさんが「手話通訳がつかないなんて・・」とがっかりしたままそのまま諦めていたらどうなっていたか?

まず、文科省への不信感が生まれていただろう。

また、先ほどのような誤解があってそれで手話通訳が付かなかったことを知ることもできなかっただろう。

 

しかし、ぶりりんさんは行動を起こした。その結果、色々なことを知り、またみみサポの紹介もしてもらえてそういう機関があることを知ることもできた。

やはり、行動すればプラスになるのである。

 

大事なことは「なぜ」という疑問を持つこと

このことから分かることは、「なぜ?」という疑問を持って行動すること。

 

「できません」

「そうですか、分かりました」

 

そこで終わってしまわずに、「なぜ?」「なぜできないのか」ということを確認すること。

そしたら相手の状況などを教えてもらえることもあるし、そこから相手の状況を考えた上で良い解決方法を考えることができるかもしれない。

 

「なぜですか」

 

この言葉は、突破力があると思う。

そしてぶりりんさんは「なぜ?」という気持ちが原動力になり様々な風を巻き起こしたのである。

 

 

 合理的配慮についてはまだまだ広まっていないのが現状。

国も手探りの状況がまだまだ続くと思う。

 

しかし、私たちも諦めてはいけない。

諦めなければ、良い解決方法が見つかるといういい例がここにある。

 

ぶりりんさん記事作成のご協力ありがとうございました。

 

 

ろう者難聴者にとっての合理的配慮とは?

 

前回の記事では、合理的配慮の基礎について書いた。

 

tellyou.hateblo.jp

 この記事では、「では、ろう者難聴者にとっての合理的配慮とはどんなものがあるのか?」についてまとめていきたい。

私自身専門家ではないので間違っている箇所もあるかもしれない。

その場合は教えていただけると助かる。

 

それでは、いってみよう。

合理的配慮、ろう者難聴者の場合はどんなケースがある?

合理的配慮とは前回の記事でも書いたが、簡単にまとめると【ひとり一人の障害者に合わせた対応をしていくこと】である。

そしてそれは

1:過度な負担がかかることなく、その上でその障害者に合わせた適切な対応がなされなければならない

2:合理的配慮が適用されるのは公共機関や団体及び施設など

3:個人づきあいには適用されない

ことがポイントである。

 

ではその上で、合理的配慮の対象となるろう者・難聴者の事例はどのようなものがあるのだろうか。

 

それをいくつか挙げていく。

 

ホテルのテレビに字幕がつかない

これは気づかない人が多いと思う。

実際、ビジネスホテルなどホテルに宿泊してテレビを見ようとすると字幕が付かないことが多い。

その理由として、字幕を設定するリモコン(テレビを買う時に標準で付いてくるリモコン)と、ホテル側で設定したリモコン(有料放送も見られるようになっているリモコン)が入れ替わるためというのが多い。

 

こういうことが起こった場合は受付に申し出れば字幕を設定できるリモコンを貸してくれる場合があるが、これはごくまれ。

ほとんどは「貸すことはできない」と言われる。

 

これは合理的配慮の欠如に当てはまる。

 

聞こえない人にも平等に情報を届けるように整えることも合理的配慮の義務です!

 

この場合は「聞こえない人も聞こえる人と同じようにテレビから情報を得られるよう、字幕を表示できるようにする必要がある」という考え方から、聞こえない人がその部屋に泊まる時は字幕を設定できるリモコンを用意するということが必要になる。

これを拒否するということは合理的配慮の努力義務を怠っていることになる。

 

そのため、今後は改善してほしいという要望を出しそれを理解してもらえるように行動を起こすことが必要になってくる。

 

また、ホテル側もホームページなどに「標準のテレビでは字幕対応リモコンがありませんが、必要な方には貸出可能です」などの一文を入れておくなどの対応を考えてもらえると良い。

 

まず、「なぜなのか」をきちんと聞いておくことも大事。
ホテルによっては、テレビが古いシステムだったり有料放送を中心としたシステムのため標準のリモコンでも字幕を出せなくなっていたりなどの理由があるからである。
こういうケースの場合は合理的配慮の欠如にはならない。
その場合はやむを得ないので、改善を申し出ておくようにすると良い。

 

事故が起こった時手話通訳を呼ぶのを拒否された

これは警察に多いのですが、例えば車をぶつけられたなどの事故があった時、警察官に「手話通訳を呼びたい」とお願いしても、「裏で何か口合わせをするんじゃないか」など思われ拒否されたというケース。

また、通訳者を呼ぶことを拒否した上で、「聞こえる人の方が正しいはず」という思い込みで聞こえる人の話を一方的に聞き処理されたというケース。

 

これらは警察は公的機関(行政機関)なので、合理的配慮は法律で定められた義務であるはずなのにそれを違反しているということになる。

 

きこえない人から手話通訳者の用意の申し出があったら即座に用意するのも合理的配慮の義務です!

 

この場合、きこえない人から「手話通訳を付けてほしい」と言ってるにも関わらず一方的に断り、また、聞こえる人の話だけ聞いて判断したということは差別にも当たる。

もっと具体的に言えば、平等に判断してもらえず本人の権利が侵されたということ。

この場合は警察署内の相談窓口や市役所など地域の相談窓口へ相談すると良い。

 

きこえない人にとって警察の事情聴取は不安があるもの。 間違いがあれば下手すると誤解され前科がつくこともあるため、しっかりと手話通訳の派遣をお願いできるようにしておきたい。
 
ここまでで、いくつか分かりやすい例を書いてきたが、理解はしてもらえただろうか。
 

まとめ

合理的配慮は色々と難しいかもしれない。

でも実は簡単なことである。

 

なぜなら、合理的配慮とは言い換えれば「障害者がこの社会で理不尽なことにも我慢することなく必要なことを要求していき改善していくための権利」でもあるからだ。

 

ただし、その要求が過剰だったり、相手の負担が大きくなりすぎたらそれは「合理的配慮」にはならないので、要求する時は相手の背景や状況も理解した上でできるようになると良いと思う。

 

それでは今回はここまでです。

 

合理的配慮とは?基礎を分かりやすく解説!

ここでは、このサイトのキモである「合理的配慮」について書いていく。

合理的配慮・・この言葉が出てきてからまだ間もないので、ピンと来ない人は多いと思う。

でも、障害者も健常者も共に生きているこの社会では大変重要な知識となるので、是非とも読んでおいてもらえると嬉しい。

難しいことは書かないようにするので、読みやすいかな、とは思う。

ではいってみよう。

 

合理的配慮の基礎を知ろう

では、まず合理的配慮とは何か?から説明していこう。

 まず、合理的配慮が生まれた背景から見てみる。

 

障害者差別解消法とは

実は、合理的配慮が生まれる前に「障害者差別解消法」という法律ができている。

 

国連の「障害者の権利に関する条約」の締結に向けた国内法制度の整備の一環として、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、平成25年6月、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)が制定され、平成28年4月1日から施行されました。引用元:http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/

 

この障害者差別解消法というのは、簡単に言えばすべての国民が障害の有無によって判断されることのないように、そして障害ではなくその人の個性と人格を見ていこう、ということである。

それまでは、「障害者だからうちの会社では雇えない」などといったことがあった。

そういう「障害による差別」をなくすためにできたのが「障害者差別解消法」という法律である。

 

この障害者差別解消法の中で2つの取り決めがあり、それが「不当な差別的取り扱いの禁止」「合理的配慮の提供」である。

 

では次からはこの2つについて説明していく。

 

不当な差別的取り扱いの禁止

不当な差別的取り扱いの禁止、とは何か。

ここでいう「差別的取り扱い」とは、障害者と障害のない者(健常者)とで差をつけた取り扱いをすることを言う。

例えば障害者にだけサービスをしない・障害者にだけサービス提供の制限をする・などである。

この一例として分かりやすいのは、黒人の乗車拒否などがある。

 

合理的配慮の提供とは

合理的配慮についてはもう少し詳しく説明したいところだが、ここでは簡単に【ひとり一人の障害者に対して必要な配慮を行なうこと】とまとめておく。

 

つまり、障害者といっても一人一人違う。

特にろう者難聴者の場合は、「耳が聞こえないから手話通訳を用意すればいい」という問題ではない。

なぜなら、耳が聞こえないといっても手話を知らない人もいるし、手話よりは筆談の方がやりやすいという人もいる。

そのため、耳が聞こえない=手話通訳、と安易に考えるのではなく、その人の要望に合わせた用意をしなければならない、ということ。

 

また、ろう者難聴者が手話通訳などの何らかの通訳を求めているのに、「通訳の用意はできない」と断るのは合理的配慮の欠如に当てはまる。

 

この2点を盛り込んだのが、「障害者差別解消法」である。

またここで言う「合理的配慮」については、「障害者雇用促進法」にも含まれている。

 

では、次からは合理的配慮についてもう少し詳しく書いていく。

 

合理的配慮とは

合理的配慮とは先ほども述べたが、障害者差別解消法に盛り込まれている取り決めである。

そして、具体的には【ひとり一人の障害者に対して必要な配慮を行なう】ことである。

 

障害者から意思表明があることが大事

 そしてこの合理的配慮は、障害者側からの意思表明も大事になってくる。

また、障害者が何らかの理由で意思表明が出来ない時は本人に代わって家族や支援者などが意思表明をすることも可能となっている。

 

負担が過度にならないことが大事

合理的配慮を求めるにしても、合理的配慮に対応するにしても、どちらにしてもそれにかかる負担が過度にならないことも大事である。

ただしこれは、例えば配慮を求められた側が「予算がないから」という理由で合理的配慮を拒否する理由にはならない。

単に「予算がないから」と言って断るのは簡単だが、それは合理的配慮の欠如であり差別につながる。

なので、配慮を求められた場合は可能な限りできるだけの対応はしなければならないと決められている。

 

合理的配慮とバリアフリーは違う

ちなみに、ここで言う合理的配慮とバリアフリーは違う、ということも頭に入れておかなければならない。

合理的配慮は障害者に対する配慮が必要になった時に行なわれるべき配慮のことであり、それに対してバリアフリーは前もって「いつか障害者が利用する時のために」施設の設備を整えたりすることである。

 

もし義務違反があったら行政機関へ

もし、合理的配慮を求めても、相手方が何の対策もせず、「無理です」と断ってきた場合。(過度な負担はかかっていないとする)

これは合理的配慮の義務違反として行政機関に苦情を申し立てることができる。

 

相談窓口はこちら

国の行政機関相談窓口

http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai/pdf/soudan/zenpan.pdf

 

事業分野相談窓口

http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai/pdf/soudan/taiou_shishin.pdf

 

対象は事業者や団体、公共機関などに限る

そして合理的配慮の対象としては、国の行政機関や公共団体、機関、企業、団体、事業者など・・に限られている。

つまり、個人レベルでの付き合いに対しては対象外となっている。

ただし、だからといって個人レベルなら差別をしても良い、というわけではない。

この法律では、国の行政機関や地方公共団体、民間事業者などを対象にしており、一般の方が個人的な関係で障害のある方と接するような場合や、個人の思想、言論といったものは、対象にしていません。 一方で、差別のない社会の実現に向け、一般の方も含め、広く国民の皆さまにこの法律の趣旨や内容についてご理解いただくことは大変重要だと考えており、リーフレットやポスターの作成・配布、シンポジウムの開催などの広報啓発を行っていきます。

引用:

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け> - 内閣府

 

注意すべきこと

もしあなたが合理的配慮を求めても相手が拒否した場合、しかるべき行政機関に相談することはできる。

ただし、それをしたからといって行政機関はそこに直ちに罰則を科すことはしない、そうである。

この法律では、民間事業者などによる違反があった場合に、直ちに罰則を課すこととはしていません。ただし、同一の民間事業者によって繰り返し障害のある方の権利利益の侵害に当たるような差別が行われ、自主的な改善が期待できない場合などには、その民間事業者が行う事業を担当している大臣が、民間事業者に対して報告を求めることができることにしており、この求めに対して、虚偽の報告をしたり、報告を怠ったりしたような場合には、罰則(20万円以下の過料)の対象になります。

引用:

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け> - 内閣府

 

しかし、だからといって「結局は罰則ないんだったら拒否してもいいじゃん」となってはいけない。

なので、合理的配慮の義務がなされていない場合、それが以下に対応する場合はしかるべき行政機関の担当者がそこに助言・指導・勧告などの行政措置を行なうことができる、と記されている。

 

民間事業者の取組が適切に行われるようにするための仕組みとして、この法律では、同一の民間事業者によって繰り返し障害のある方の権利利益の侵害に当たるような差別が行われ、自主的な改善が期待できない場合などには、その民間事業者の事業を担当する大臣が、民間事業者に対し、報告を求めたり、助言・指導、勧告を行うといった行政措置を行うことができることにしています。

引用:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け> - 内閣府

 

 

まだまだ不完全だし、これだけではあまり拘束力がないと思うのですが、それは今後に期待していきたい。

 

以上が合理的配慮の基礎であるが、分かっていただけただろうか。

まとめ

合理的配慮はまだまだ始まったばかりだが、今後の障害者の暮らしや障害者の人権を変える法律にもなる。

また、不当な差別を受けるのが当たり前だった今の日本も、合理的配慮というものによって少しは変わっていくのではないかと期待したい。

 

ただそのためには、もっともっと合理的配慮というものを広めていかねばならないと感じている。

そして皆さんも、「わざわざ合理的配慮という法律を作らないといけないような今の社会」に対してもっと色々と考えてほしいなと思う。